プロフィール紹介


伊東 智寛 (ITO, Tomohiro)
1992年6月15日生まれ O型

名古屋大学大学院工学研究科
電気工学専攻吉田研究室所属
博士後期課程2年生

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学歴・経歴

2011年3月 自修館中等教育学校 卒業
2011年4月 東京理科大学理工学部電気電子情報工学科 入学
2015年3月 東京理科大学理工学部電気電子情報工学科 卒業
2015年4月 某電機メンテナンス会社 入社
2016年3月 某電機メンテナンス会社 退社
2017年4月 名古屋大学大学院工学研究科 博士課程前期課程 入学
2019年3月 名古屋大学大学院工学研究科 博士課程前期課程 修了
現在    名古屋大学大学院工学研究科 博士課程後期課程2年

研究に関して

希土類系銅酸化物超伝導(REBa2Cu3Oy : REBCO, RE = Sm, Y, Gd等の希土類元素)線材の低コストのため、”線材作製高速化技術の確立”を目的として研究を行っています。REBCO線材は様々な結晶成長手法を用いて作製されますが、私はVapor-Liquid-Solid(VLS)成長法と呼ばれる手法に注目して研究を行っています。

これまでの生き様

1992年6月
生誕
神奈川県伊勢原市のとある病院において、3,770 gと比較的大きい赤ちゃんとして誕生。この体重のお陰で富士山の標高(3,776 m)を簡単に暗記できました(笑)
1996~1998年
幼稚園時代
幼稚園時代に東海道新幹線との出会いがありました。出身の幼稚園は目の前に東海道新幹線の線路がありました。毎日の様に100系や300系新幹線を見ていました。また、実家からも比較的近い場所に新幹線が走っていたので、祖父によく連れられて見に行ってました。ここから、高速鉄道に興味を抱き始めます
1999~2005年
小学校時代
この頃になると、新幹線乗りたさに親を引っかき回していた記憶があります。

実家が神奈川県平塚市なので、新幹線乗車する際は最寄りの”小田原駅”を利用するのですが、1999年のデビューした700系新幹線にどうしても乗りたかった私は、小田原には停車しない(当時700系は”のぞみ”として割り当てられていたため小田原駅は通過)700系に乗るべく、平塚駅から東京駅まで逆走し、そこから名古屋方面に向かうということをしていました。

大人になり冷静に考えるとすごく無駄なことをしていたなと思いますが、それを許してくれた親に感謝です。

2005年3月
愛・地球博において”超電導リニア”と対面
この2005年が人生においてのターニングポイントです。この年に愛・地球博が開催されました。お目当てはもちろん”超電導リニア館”。ここで、超電導リニアという超絶かっこいい車両と、”超電導”というとても興味をそそる物理現象を目の当たりにして、鳥肌が立ったのを今でも思い出します。

当時配布された超電導リニア館のパンフレットは大事に取ってあります。また親に懇願して5,000円ほどする超電導リニアの限定腕時計を買ってもらいました。この時計は一度の使わずに15年ずっと大事に取ってあります。

2005~2011年
中学・高校時代
中高一貫高だったので同じ校舎・仲間と6年間過ごしました。部活動は卓球部に所属。この卓球部の仲間は卒業後も大切な仲間となりました。
2011~2015年
大学時代
東京理科大学に入学、鉄道技術者となるべく”電気系”の学科を選択しました。部活動は中高と変わらず引き続き卓球部に所属しました。

大学4年生になると進路を考える時期になり、大学院に進学するかしないか非常に悩みました。結局はもっと高度な知見を身に付けたいという意思のもと大学院進学を決意。また、「環境を変えたい」、「トップレベルの機関で研究をしたい」、という思いから東京大学を受験しました。

しかしここで人生初めての挫折を味わうことになります。なんと大学院試験に不合格・・・。しかも東大以外は進学したくない、という思いから滑り止めの大学院を受験していなかったんです。また就活は勿論行っていなかったため、大学4年生の9月に入っても進路は全く決まらず、この先の道が真っ暗状態。

大学院不合格後、親と人生相談をしました。私はもう一年浪人して大学院を再受験したいとの旨を伝えました。しかし親は大反対。親の言い分としては一度は就職しそれでも本当に大学院に進学したいのであれば仕事を退職すれば良い、という考えでした。

ここでは親の意見を尊重し、大学4年生の9月から就職活動を開始。無事某電機メンテナンス会社から内定をいただくことができました。

2015年
社会人時代
なんやかんやで社会人となりました。

主な仕事内容は大電力電気機器メンテナンスを行っていました。自分の作業1つで何万・何十万の人の生活を支えている、という実感もあり非常にやりがいのある仕事でした。

また仕事をしながら、”電気工事士”と呼ばれる国家資格も取得し電気設備に関する知識も色々と身に付けていきました。

しかし仕事を始めて1年が経とうとした頃、このまま仕事を続けていて良いのかな、と思い始めるようになりました。それと同時に大学院で研究をしたい、という思いが芽生え始めていました。

この事を親に相談した所、自分の強い思いが伝わったのか潔く認めてくれて仕事を退職いたしました。

2016年
大学院試験に向けた勉強
高校卒業後、大学生・社会人時代と親元離れて暮らしていましたが、退職後は5年ぶりに実家に戻りました。

退職後は8月の大学院試験に向けた猛勉強を開始。また、何もせず実家に居候するのも申し訳なかったので、午前中は親が働いている障害者支援施設のお手伝いを行い、夕方から勉強を始める、という日々を過ごしていました。

8月の大学院試験には無事に合格。様々な研究室を吟味した結果、名古屋大学に進学することを決意しました。

2017年~現在
大学院生活
無事に名古屋大学に進学いたしました。

超伝導の線材作製を行う研究を現在行っております。